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空海さんをたずねて三千里

東京から奈良、奈良から京都、京都から宇治という一泊旅行をしてきました。一応、日本の茶の源流を求めてということで学習旅行のつもり!

というわけで、早朝に出発して奈良へ。奈良で大阪からWさんが合流♪W先生は何故だかおやつを用意して配ってくれました。ありがとうございます…しかし、何故だ…(笑)

奈良の目的は空海寺です。

広い広い東大寺の裏に、住宅地の奥まったところにひっそりとありました。
Kukai

空海寺は奈良の観光マップには載ってませんでした。インターネット上でもたいして情報がないのですが、正倉院と五劫院の間くらいにあります。
毎回そうなんですが、行く前に勉強しないで、まとめる段になって調べているので、まぬけなことになっています。ふふふ…今回の旅行の最たるものがこの空海寺かもしれません。

名前が「空海」寺なので、そのままストレートに目的地になってしまったわけですが、ここは空海が草庵にしていたとき「いろは仮名」を作ったと伝わる場所です。が、いろいろ検証してみると、この伝説の信憑性はほとんどないみたいです。ということは、ここは空海が東大寺に関わっている時に住んでました、ということ以外には特別語ることはない場所なのかもしれません…わざわざこのために奈良まで行ったのに(笑)

そもそも、空海がここにいた時期がわからないんですが…東大寺の別当をしてた頃じゃないよなあ??

…いつかわかったら納得します。

本堂の前に花崗岩でできた古びた地蔵石があったのですが、これは「地蔵十王石仏」で、光背に十王、閻魔閻羅、地獄の審判官が彫られていたらしい…写真すら撮ってないけど。もともと大和郡山市の「矢田寺(やたでら)」にあったものが常福寺(明治初年に廃寺)に移され、その後 空海寺に移されたそうです。

そんなわけで空海寺は地蔵寺だったんですね(今頃!)。寺のご本尊は「穴地蔵」と呼ばれる秘仏の「等身大地蔵石仏」。左右に聖徳太子、不動明王を配し、石龕(せきがん:仏像を安置するために作った石の入れ物のこと。石の塔みたいなもの)内に安置されているそうな。

道理で敷地内にも、霊園にも地蔵石がたくさんありましたよ…本当に今頃ですけども。(笑)

さて、空海寺をよくわからないままに堪能(?)した後は、もちろん、東大寺にも行きました。
東大寺で高知から参戦のIさんが合流。すごい場所で待ち合わせ。(笑)
Daibutuden_016
カンカン照りです。暑い!

小学生の時以来の再会をしました。
Daibutu_011
元気だったー?毎日毎日、間違いなく日本でも有数のシャッターが切られる場所でしょうねえ。お疲れ様(笑)

さらには東大寺ミュージアムで特別展「奈良時代の東大寺」を拝観。これが素晴らしかった!
東大寺からIさんはこの法華堂のご本尊が元々お気に入りだとか。凜とした良いお顔です。
その不空羂索観音立像の他にも宝冠、法華堂の天蓋が間近に見ることができました。私は日光菩薩立像の手の美しさにうっとりしてました。白くてふっくらしていて優しそう…。

鹿苑の鹿たちは、本日も通常営業中。
Sika_008
中国系のお兄さんが鹿せんべいを持って追いかけられてました。←うれしそうだった(笑)

欧米系の旅行者はもちろんのこと、中国からと思われる観光客もたくさんいました。
あら、せ○と君?
Ssento_017
…コスプレじゃないです。ホンモノです。(笑)

東大寺近くのうどんやさん?でお昼になりました。私が頼んだのは「ひやしそば」。メニューでざるそばと並んでいたので、ひやしそばってなんだろう…と思ったら
Hiyasoba830
こんな感じでした。うわ。

そばにみかんの缶詰を合わせるっていうのは、奈良では当たり前なのだろうか…。ちなみに、味はご想像の通り、そのまんまです。
奈良の神秘を味わいつつ(笑)、その後は京都に戻り、高山寺へ向かいます。

日本で茶に関わる人は行くしかないのが「栂尾山 高山寺」です。(行ってみたいものですよね?)私の今行きたい寺院選手権で長いことベスト5に入っていた場所です。(他には黄檗山「萬福寺」、摩尼山「佛隆寺」、聖寿山「崇福寺」などが残っております。)

Gaoshansi_020

創建は奈良時代ともいわれますが、鎌倉時代に明恵上人が後鳥羽上皇からその寺域を賜り、名を高山寺として再興した場所です。栄西禅師が宋から持ち帰った茶種を「漢柿蔕茶壷」に入れて明恵上人に送ったといわれ、それを明恵上人は栂尾の深瀬の地に植えたということで、ここには「日本最古の茶園」!があるのです。

まあそれを置いておいても、世界遺産「古都京都の文化財」の17のうちの1つであったり、日本のマンガやアニメの源流ともいわれる鳥獣戯画のあった場所だったりと語ることはつきません。

行ってみると意外にも
Gao_022
静かな場所です。
紅葉の季節はものすごく混むらしいですが、京都市内から離れているせいなのか、まさに山寺という感じです。

開山堂。
Kaizando_034
等身の明恵上人像が安置されるお堂は、江戸時代のものだそうな。

明恵上人は絶世の美男子だったという説を聞いたことがあるんですが(笑)、どうなんでしょうね。下世話な脳で申し訳ない…。

脇から見上げたら、こんなものが掛けてありました。
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さすが、宇治茶との関わりは強そうです。

開山堂から少し上のところには御廟があります。
Byo_026
仏教にも歴史にもまったくもって勉強不足なのですが、調べれば調べるほど、明恵上人という人は本当に傑物だったのだなあと思います。
御廟は静かな山の木陰の下で光りに揺られていました。合掌。

御廟や開山堂から山を下りてくると、ありました。
Chayuan_046
日本最古の茶園です。

明恵上人が種を植えたとされるのは、実際には高山寺の川を挟んだ反対側なのですが、土砂崩れや川が荒れた時になくなってしまわないように現在の場所に移されたとのこと。絶えてしまわないように、実生の茶樹が現在も繋がれています。
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環境は申し分ないでしょう♪

南北朝時代には栂尾で生産された茶が「本茶」とされ、それに続くとされていた醍醐や宇治の茶は「非茶」と呼ばれたそうです。本茶と非茶を当てるのが闘茶(茶当てゲーム)の始まりだそうですので、本茶と非茶、わかる人にはわかるくらいの味の差が存在したんでしょうねえ。

しっとりというか、じっとりというか、とにもかくにも湿度の多い場所なのは間違いない。
この後、石水院という明恵上人がお住まいになっていた建物に入ったり、有名な鳥獣戯画のレプリカをちらっと見たり、運慶作と伝わる犬の彫り物(傑物!)に和んだりしつつ、高山寺を後にしたのでした…。

今年は、関西地方はゲリラ豪雨に襲われているそうです。
この日も帰りの車内から黒い雲がわき上がってそのまま地面に落ちているような風景が見えました。局地的なものなので、高層建物のない京都だとどこが襲われているのかよくわかります。

京都駅まで戻った後は、京都伊勢丹 6階の「都路里」さんで一服です。「とろり」じゃないですよ、「つじり」です(笑)いわずもがな、有名な「祇園辻利」さんの茶寮です。(東京にもありますよー。)
ティータイムからは遅い時間でしたが満席、いや満席どころか並んで入店しました。

夏の京都といえばこれ!
Tujili7
…というわけで、宇治抹茶を贅沢に使った「円山しぐれ」をオーダーしました。

今までいただいた中で一番抹茶蜜がふんだんに使われていたのは間違いありません。氷に対して蜜が少ないとストレスを感じますが(笑)、こちらでそういう心配はご無用です。最後まで美味しくいただきました。ペロリ!

夕食はWさんオススメの「まそほ」さんにて。
Masoho
「すまほ」「すほま?」など類似間違いが連発でしたが(笑)、正解は「まそほ」さんです。

テーブルにある大きな器に備長炭を置いて、一夜干しをいただきました。一夜干し、大好きです。生より味がしまっていて、油ものっていて美味しかった!
そのほか、水ナスの刺身とか、伏見と長野の米の食べ比べなどなど…京都の夜は毎回舌が喜びます。

最後に、京都に来るといつもお世話になってしまう伏見のIさんにも会うことができて、何やら衝動的にやってきたのに集うことができて本当に嬉しかったです。奇跡的だ…。

お宿は京都駅中のホテル近鉄京都でした。前回にひきつづき…移動の多い旅行では、非常に便利なホテルです。今回は666号室ではありませんでしたよ、念のため。

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